エスニック鈴木って何者?

はじめまして。エスニック鈴木です。

「100人に1人の3つのスキルの掛け合わせ、100万人に1人の人材になろう」

今は、100人に1人のスキル2つで1万人に1人です。

スキルは以下の2つです。

  • スキー
  • 外国語(英中)

「上には上がたくさんいるけど、人よりはちょっと得意」

それぞれのレベルはそんなもんです。

ですが、その2つを掛け合わせて、

「3ヶ国語使えるスキー教師」

というライバルが少なめのフィールドに立ち、8シーズンで500万円くらい稼ぎました。

毎月1万稼ぐことができれば1年で12万。

毎月3万稼ぐことができれば1年で36万。

サラリーマンで年収12万上げるのは大変なことです。36万上げるのなんて何年かかるんだ?って感じです。

2008年まで10年くらいサラリーマンだったので、その大変さは分かりすぎるほど分かります。

そんな状況の下、自分が持つスキルや好きなことを「掛け合わせる」ことで収入源を増やせば、自由度が増し、しがらみやストレスは減ることでしょう。

特に、上下左右あらゆる方向から圧力をかけられて負担が大きいであろう、自分と同年代である40代のサラリーマンには、自分の力を最大限に発揮できる「スキルの掛け合わせ」はどんな掛け合わせなのか?を、是非考えてみて欲しいです。

そして、イケそうだとなんとなくでも思ったら小さく試して、上手くいったら少し大きくする、を繰り返してください。自分は途中で大きく出すぎて夏にめちゃくちゃ苦労しているので、最初は小さく、そして段々大きくです。

「掛け合わせ」で稼ぐ力を作り出せた!

このブログがきっかけで、「自分の掛け合わせ」を考えて、そういう人が1人でも増えれば嬉しいです。

個人の目標は

楽しみながら資本家になる!

そして、

面白いモノを作っている、面白いサービスを展開している中小企業や個人に資本投下する!

です。

今は、そこに向かって学びつつ試しつつの日々です。

それでは興味があれば、「3ヶ国語使えるスキー教師」までどんな日々だったのか、をご覧ください。

現在に至るまで

誕生(1975)

東京にて9月、この世に現れる。

小学6年間(1982~87)

あんまり記憶ないけど、基本的に楽しい小学校生活だった気がする。中学受験の塾にイヤイヤ行かされてた結果、やっぱり中学受験全敗。ということで、地元の中学へ。

中学3年間(1988~90)

あんまり覚えてないけど、中学生活も楽しかったと思う。英語はかなり力を入れて勉強した。好きだったんだと思う。英文法大好物だったけど、リスニングは苦手。この時の英語の勉強量が今の英語力を支えていると言っても過言ではない。初スキーがいつだったか覚えていないんだけど、多分、中1冬休みのスキー学校だったと思う。

高校3年間 (1991~93)

スキーとは無縁の3年間。男女共学で、女子のスカートがめちゃくちゃ短くてルーズソックスが眩しい日々だったが、俺はその環境を全く活かせず、華やかな高校生活と無縁。地味な日々。中学との環境のギャップに最後まで馴染めず。

大学1年 (1994)

ゲレンデマジックを起こしたいという不純な理由で基礎スキーのサークルに入る。が、スキーそのものが面白くなってしまい、ゲレンデマジックは心のどこかで期待していたものの、滑っている時はそんなことは忘れていた。ちなみにサークルに入った当時、スキーにジャンルがあることは知らなかった。なので、知らぬ間に基礎スキーを始めたことになる。

大学2年 (1995)

同学年の上手い奴らは1級を取得。他の奴らもだいたい2級を取る。が、俺は級なし。今思えば、滑走量は多かったけどあまり考えて滑ってなかったし、スキーそのものの理解がとてつもなく浅かった。

大学3年 (1996)

3年生はいわゆる幹部になるので運営側になる。級無しというコンプレックスを抱えつつ下級生に教えないといけなかった。これはかなりのプレッシャーだったし、下級生に対しても申し訳ないと思っていた。しかも、この年も2級取得できず。同級生は就職活動を始めたので合宿以外は雪山にはほとんどいなかったようだったが、俺は3月まで雪山に籠って滑っていた。

大学4年 (1997)

4年間居候していたのは白馬岩岳スキー場で、学生時代の目標は岩岳で1級を取ることだった。2級はなんとか取れたけど1級にはたどり着かなかった。受けるレベルにも達しなかった。ゲレンデマジックもなかった。今思えば、学生時代に1級取っていたらスキーは続けていなかったかもしれないので、それで良かったのかもしれない。当時はやりきれなかったけど。

サラリーマン時代 その1 (1998~2005)

金遣いは荒くないので働き始めたらお金が放っといても貯まった。新卒1年目で登場間もないカービングスキーを買った。忘れもしないVolkl P-30。プレートも付けた。オレンジ色の板で180cmくらいだったかなあ。あの板、カッコよかったなあ。ブーツも憧れのLANGEを買ってフォーミングした。20万以上使ったと思う。お金のツッコミ具合が半端ない。

Volklの次は、オールラウンドというコンセプトに魅かれID oneを買った。2台乗った。2台目のID oneだった2003年に1級取得。1級取得前の2002~2003の2シーズンはお金もまあまあ持っていたので月に1〜2回、今は無き浦佐スキー場のスクールに通っていた。1級も浦佐で取った。「1級取ったらスキー上手いって言える」と学生の頃は思ってたけど、1級が見えてきたくらいの頃からはむしろ、自分の下手さにうんざりしていた。

1級取得後はテクニカルプライズをなんとなく目指すも黙々と滑っているのに飽きて、資格を目指して滑るのがバカバカしくなりスキー熱が冷めた。

ちなみに職業はプログラマー。SEとも言えるかな。どちらにせよ、全く向いていなかった。人には恵まれたので辞めるまでに時間がかかったが、最後の2年間は長時間労働がシャレにならないくらいひどかったので、心身ともに壊されたらシャレにならんと思い辞める。
なぜプログラマになったのか、についてはこちらをどうぞ。

https://letsenjoyskiing.com/smthstrange/

サラリーマン時代 その2 (2006~08)

2006年の秋に転職。再びプログラマー。当時はサラリーマンを続けるという選択肢以外はないと思っていた。転職先にバックカントリー好きのスキーバカがいた。俺はバックカントリーは全然詳しくなかったし道具も持っていなかった。でも、2007年の1月に何度か一緒にゲレンデへ滑りに行った。レベルが近い人と一緒に滑るのは楽しいなあと思っていた矢先、大転倒して右肩甲骨烏口突起を骨折をした。東京に帰った後、手術してボルトで骨を接いだ。骨折直後の数ヶ月は普通の生活すらしんどかったが、半年も経つと肩の調子も9割方戻った。2007年末に肩からボルトを抜き、2008年になってから1、2回滑ったが、全然楽しくなかった。もうスキーはいいやって思った。

怪我が治ったと思ったら、あまりのダメ社員っぷりに賞与面談の時にそれとなく退職勧告を受けたので、2008年6月にボーナスを貰って会社を辞めた。いくら学ぼうと思っても理解できない、人とも合わない、何やってもダメってあるんだなってことを身を以て体験した。

でも、あの辞めた時の爽快感は忘れられない。

一時中断 (2009~10)

2008年11月から2010年12月までサラリーマン時代の貯金を使って海外放浪をしていた。ルートは北中南米(1年半)→ヨーロッパ&モロッコ(1月半)→東南アジア(半月)→台湾(4ヶ月)。その間、スキーは全くしなかった。途中、チリやアルゼンチンにいた時は冬だったので、滑ろうと思えば滑れたが、滑りたいと全く思わなかったので行かなかった。この海外放浪の最終滞在国だった台湾で中国語の勉強をしていたのだが、この時、寮で同室のちょっと怪しげな10歳くらい年上のIさんと出会ったことで再び雪山に戻ることになる。またスキーをすることになるとは…

スキーインストラクター@水上 (2011~14)

前述のIさんが「スキーやってたならスクール紹介できるよ」と言ってくれたんだけど、隠しきれない怪しさが俺にYESと言わせることを躊躇させた。が、帰国したらお金が尽きるのは火を見るよりも明らかだったし、スキーを教えてお金を稼ぐ経験してみたいとも思い、結局お願いした。1級持っててよかった。2010年12月に帰国して山籠りの準備をした後、2011年1月に紹介してくれたスキー場へ。

この決断が後々、俺の生活の基盤を作ることになる。

この4シーズンの間、お客さんは中学校の修学旅行だったり、普通のレッスンだったり、格安スキーツアーで来たかなりメチャクチャな団体だったり。メチャクチャな団体のレッスン以外は基本的に楽しかったし、働くって楽しいんだなって初めて思った。スキーもまた楽しくなった。

また、この4シーズンの間にスキーで海外進出というアイデアを思いついたので、海外でも通用するスキーインストラクターの資格が欲しくてカナダへ試験を受けに行く。資格名はCSIA。正式名称はCanadian Ski Instructors’ Alliance。Level1~4まであって、Level4が最上級。2013年にLevel1、2014年にLevel2と順調にステップアップ。

ちなみにこの4シーズンで受け持ったお客さんの99.9%は日本人。残りの0.1%は台湾人とナイジェリア人。使用言語は日本語。

スキーインストラクター@ニセコ (2015~17)

海外進出を目指していたが、30歳を超えてたからワーホリ取れないし、level2では就労ビザのスポンサーになってくれるスクールもなかった。海外のスキースクールで働くのは無理だな、と思っていたところ、外人がたくさん来ると噂を聞いていたニセコのとあるスクールにダメ元で求人に応募したら働けることに。初の英語スカイプ面談。緊張してて英語もたどたどしかったので、今思っても採用されたのが不思議なくらいだ。

ニセコに行ってまず驚いたのが、ゲレンデで聞こえる言語は英語だったこと。日本語は聞こえてこない。まさに日本の中の海外。スクールのお客さんの8割はアジア圏の10000円を1000円の感覚で使う富裕層。0の桁を間違えてる。特に香港、シンガポール、マレーシアはお金持ちが多かった。雪を見たことがない人が多いので、雪を見るだけで満足だったり、写真撮影のためだけに道具などをレンタルする人も中にはいた。金持ちの世界というものに初めて接した。

ニセコはJAPOW(JAPANとPOWDERを合わせた造語)と呼ばれるくらい、世界屈指の良い雪質を誇るスキー場。JAPOWに魅せられて来る欧米人も多かった。そんな俺もJAPOW最高!ファットスキーを買ってしまった。スクールのスタッフも85%は欧米人で、カナダ、イギリス、NZが多かった。

今でも覚えている英語での初レッスン。滑るの初めてという大人8人のグループレッスン。言語が変わった時のグループをまとめる難しさは想像を超えていた。その1日がどのように過ぎていったのかは覚えてないが、終わった時に疲れ切っていたのは覚えている。が、英語で教えることにも次第と慣れていった。

一時中断 (2018)

2018年の夏にパリで開催されるJapanExpoにふんどし屋として出展することが2017年の夏の時点で決まっていて、ふんどしの納入が2018年3月末だったので、2018年の冬はひたすらふんどしを作っていた。手作りふんどし屋は2016年から始めた。ちなみに、JapanExpoの売り上げは普段よりはよかったしかなりの充実感もあったが、交通費やら出展費やらがべらぼうにかかったため大赤字。燃え尽きました。

スキーインストラクター@白馬 (2019~20)

以前からTwitterで繋がっていた白馬の中国語スキースクールで働いている日本人に、そこで働くのも面白そうだなあと思って連絡取ったら「どうぞ、来てみてください!」という流れになった。2、3往復のやりとりで決まってしまった。

いざ始めてみると、こっちはこっちで大変だった。英語の時はある程度参考になるフレーズを知っていたんだけど、中国語に関してはそういったフレーズのストックはほとんど無かった上に、思ってた以上に自分の中国語が通じない。

2019年はほとんど全てのお客さんに中国語で対応したが、2020年は英語比率が高くなった。というのも、自分の操る言語レベルは英語>中国語というのもあり、中国のお客さんが英語でもOKと言うようになったからだ。

ニセコにいた4、5年前、中国人で英語を話せる人はあまりいない印象だったけど、今は英語を話せる中国人がかなり増えた。自分もスキーレベルはもちろんのこと、言語レベルも上げないと。

以上です。最後まで読んでいただき、ありがとうございます。エスニック鈴木がどんな人間なのか、なんとなくでも分かっていただければ嬉しいです。

スキーレベル(2020.02現在)

  • 体格 … 169cm/58kg/44歳
  • スキー板1 … SALOMON S/RACE SHOT GS 170cm
  • スキー板2 … VOLKL GOTAMA 178cm
  • ブーツ … LANGE RACE RS130
  • スキーレベル … SAJ1級、CSIA level2
  • 2021シーズンの目標 … テクニカルプライズ取得
  • 長期的な目標 … CSIA level3取得

滑っている動画を載せている記事はこちら

https://letsenjoyskiing.com/technical/

言語レベル

  • 英語 … TOEIC 785(L:390, R395) 2014.7取得
  • 中国語 … HSK5級 221(听力:68, 阅读:76, 写作:77) 2018.12取得
  • スペイン語 … 資格は無いが中南米に1年半いたので少し分かる

まとめ

上にも書いてあるように、スキーのレベルは決して高くありません。英語と中国語も然りです。ですが、それらを掛け合わせてスキーで稼ぐということを実現しました。スキーは「動いて見せる」ということができるので、言語がそこまでレベルが高くなくても掛け合わせることで言語の壁は越えられます。

ここで会ったのも何かの縁。ご自身の「スキルの掛け合わせ」の可能性を考えていただければ嬉しいです。

あと、外国語レベルもたいしたことなくても、英語を話す人たちを相手にしてスキー教えています。

意外とイケるので、訪日客に英語使ってみたいけど間違えたら恥ずかしい。と思ってる人もいるかもしれませんが、それは時間がもったいないですよ。

海外の人は日本人が英語苦手と思っている人が多いので、間違えても大丈夫ですし、コミュニケーションを取ろうとすれば、意思疎通はできますよ。

P.S.
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